『日本人ほど個性と創造力の豊かの国民はいない』呉善花という本を買った。内容はいい。つーか、『ダメな議論』での指摘されていたことだが、ヒトは自分の考え方や気分に合った内容の書籍を読んでしまいがちらしいから、内容がいいのはある意味当たり前で、内容が今ひとつと思うとすれば、自らが相容れにくい主張が展開されていたり、あるいは皆目理解ができなかった場合にそう思うのであろう。
さて、言いたいのはそのことではなく、読んでいる途中で気がついたがこの本は新刊として紹介はされているが、実際には『自分がキライな日本人』という題名で98年に出版されたものを改題し若干加筆しているということがわかった。 これはまずいだろう。(多分)自分は98年に出版されたものは読んでいないので、まだ救われたが(それでも10年近く前の本を新刊と思って読んだことになる)、著者のファンなどで新作と思い買ってしまったりすることもあるだろう。少なくても奥付けなどではなく『日本人ほど個性と創造力の豊かの国民はいない』(自分がキライな日本人、98年を改題)と表紙にうたってくれないものだろうか?それなら買わなかったかもしれないぞ、あ、それじゃ、まずいからこういうことになるのか(笑)。
なんだか新書本だから軽く扱われている気もするな。これが小説で(まぁ、なかなか、著者も了承しないだろうけど)例えば「キースは、Cメージャーを鳴らした」 なんて本が改題で「不完全な余韻」なんて風につけられたら判別ができないではないか。 こういう商売のあり方を、普通、良心を欠いたものと言うのではないのかな。んー、そうではなくそういうこともありうるのだと思って歩かないといけないのだな
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